この記事についてこのページは、海外を含む幹細胞研究の論文・臨床試験・報道を日本語で紹介する記事です。紹介する試験の結果は、その試験で用いられた細胞製品・投与方法・対象者に限られ、他の製品や当社がご案内する治療の効果を示すものではありません。当社は紹介する研究・製品に関与していません(関与がある場合は記事内に明記します)。このページでは治療のご案内は行っていません。
何が起きた?
脊髄が損傷すると、脳と手足をつなぐ神経の回路が断たれ、損傷部より下の運動と感覚が失われます。失われた神経回路を回復させる治療は、現在ありません。今回の試験では、iPS細胞から「神経のもとになる細胞(神経幹・前駆細胞)」を作り、受傷から間もない患者の損傷部へ移植しました。
参加したのは、頸髄を損傷して手足が完全に麻痺した患者4名です。移植後は短期間だけ免疫抑制剤を使い、2年から4年にわたって経過を追いました。この試験の目的は安全性の確認で、腫瘍ができないこと、移植した細胞に関わる問題が起きないことを主要評価項目としています。この項目は達成され、画像上も移植部位は安定していました。
副次的に評価した運動機能では、受傷2週後を基準にした52週後の運動スコアが、4名の中央値で13点改善しました。麻痺の重症度を示す区分では、2名が「完全麻痺」から「不完全麻痺で運動機能がある」区分へ移りました。
なぜ受傷直後の時期に移植するのか
脊髄の損傷部は、時間が経つと瘢痕(きずあと)に置き換わり、細胞が生着しにくくなると考えられています。研究チームは、受傷から数週間の「亜急性期」に移植することで、移植した細胞が神経細胞や神経を支える細胞へ育ち、断たれた回路の一部を補うことを狙いました。動物実験では、この時期の移植で運動機能が回復することが先に示されており、今回はその安全性をヒトで初めて確かめた段階です。
「13点」「区分の改善」をどう読む?
2/4麻痺の区分が改善した人数
4名のうち2名。残る2名は完全麻痺の区分のままでした。
運動スコアは、上肢と下肢の主要な筋の力を合計した点数で、満点は100点です。中央値13点の改善は、4名の範囲が10点から40点と幅があります。区分が改善した2名のうち1名は、運動機能が日常生活に役立つ程度の区分(D)に達しました。
ここで注意が必要なのは、受傷直後の脊髄損傷では、治療をしなくても一定の割合で回復が起きることです。論文は、登録データに基づく自然回復の集団と比べて数値上は大きいとしていますが、同じ条件で無作為に割り付けた対照群との比較ではありません。リハビリテーションも並行して行われています。
まだ分からないこと
- 人数が4名です。 まれな副作用や、患者ごとの違いによる効果の差は判断できません。
- 対照群がありません。 改善のどこまでが移植によるもので、どこまでが自然回復とリハビリによるものかは確定できません。
- 受傷から間もない患者だけが対象です。 受傷から年月が経った慢性期の患者に同じ結果を期待できるかは、この試験からは分かりません。
- 第1相試験です。 安全性を確かめる段階で、有効性を確定する試験ではありません。
研究情報
- 掲載誌
- Nature Medicine(オンライン公開 2026年7月21日、2026年9月号)
- 試験デザイン
- 初のヒト試験、非盲検、単群、第1相。日本(慶應義塾大学)
- 登録番号
- UMIN000035074 ↗、UMIN000050104、jRCTa031190228 ↗
- 対象
- 亜急性期(受傷から間もない時期)の頸髄完全損傷 4名
- 介入
- ヒトiPS細胞から作った神経幹・前駆細胞を損傷部へ移植。短期間の免疫抑制を併用
- 主要評価項目
- 安全性。腫瘍形成、移植片に関わる有害事象の有無
- 結果(安全性)
- 2〜4年の追跡で腫瘍形成も移植片に関わる有害事象もなし。画像上、移植部位は安定
- 結果(探索的)
- 運動スコア(ISNCSCI)は受傷2週後から52週で中央値 +13 点(範囲 10〜40)。2名で麻痺の区分(AIS)が A→C、A→D に改善。登録データに基づく自然回復の集団と比べ数値上は大きい
- 有害事象
- 抄録では腫瘍形成・移植片関連の有害事象なし。その他の有害事象の内訳は抄録に記載がなく、本記事では扱っていません
- 資金
- 抄録に記載なし
- 利益相反
- 著者の1名が試験完了後に K Pharma 社のコンサルタント、1名が RACTHERA 社の社員、1名が K Pharma 社のコンサルタントで株式保有(論文の開示より)
- 注意
- 対照群がなく4名の第1相試験。受傷後の亜急性期には自然な回復も起こるため、改善のどこまでが移植によるものかは確定できません
結果の範囲
この結果が示していること
- iPS細胞から作った神経幹・前駆細胞を、亜急性期の頸髄完全損傷の患者4名に移植した初のヒト試験であること
- 2〜4年の追跡で腫瘍形成や移植片に関わる有害事象が報告されず、主要評価項目(安全性)が達成されたこと
- 運動スコアが中央値13点改善し、2名で麻痺の区分が改善したこと
この結果が示していないこと
- この治療で脊髄損傷が治ること、または麻痺が回復すること(4名の探索的な結果です)
- 自然回復やリハビリテーションと比べて優れていること(対照群がありません)
- 慢性期の脊髄損傷や、他の細胞を用いる治療に同じ結果が当てはまること
出典- Sugai K, Tsuji O, et al. An iPSC-derived neural progenitor cell therapy for subacute spinal cord injury: a phase 1 trial with long-term follow-up. Nature Medicine. 2026. DOI: 10.1038/s41591-026-04549-6. PubMed 42481854 ↗
- 試験登録: jRCTa031190228 ↗(jRCT)、UMIN000035074、UMIN000050104
- 一般向け報道の参考: 日本テレビ「iPS細胞を用いた脊髄損傷治療」(2025年3月) ↗。論文掲載前の記者発表を伝えたもので、数値は論文を優先しています
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